こんにちは管理人のユキオです。
この記事はわたしがまたお遍路に行く日のため
自分の備忘録として残しておこうと思いまとめました。
どんな行程でお遍路したか、どんな事態に遭遇したか?
これからお遍路に行く人にとって、
参考できるものがあればよいと考えました。
ほとんどがわたしの、お遍路記録と体験・感想になります。
歩き遍路を続けて実際に気がついたこと、困ったことなど。
個人的な見解ばかりですが、もし参考になることがあれば幸いです。
目次
歩き遍路の再開
夏の終わりから秋にかけて、歩き遍路で阿波一国をめぐりました。
当初のお遍路の計画では、
徳島以降は、単車でのお遍路と決めていました。
ところが阿波一国を歩いてみて
わたしは歩き遍路の魅力に、どっぷりとつかってしまったようです。
結局歩き遍路の魔力に憑りつかれ、高知以降も歩きで通すことになりました。
そして平成29年11月10日早朝、
徳島駅前のバスターミナルに再び降り立ちました。
前夜の22時ころ渋谷マークシティから乗車で、今回はほとんど睡眠が取れませんでした。
座席は吟味して予約していたので、充分睡眠は取れると甘く思っていました。
とくに車内の環境が、悪かったわけではありません。
むしろ前回に来たときのほうが、車内の環境は悪かったと思います。
今回は最後の札所の香川まで、通し打ちということになります。
そのせいで緊張し、睡眠がとれなかったのかも知れません。
さっそく朝食とトイレを済まし列車に乗車します。
徳島駅から乗車したときには、座席にもまだまだ余裕がありました。
しかし発車してから各駅に、停車するたびに通学の高校生が乗り込んで来ます。
座席はすぐに埋まってしまい、結構な混雑状態になりました。
わたしは郊外に向けて走るので、車内は空いていくものと甘く考えていました。
しかし車内は一向に、混雑から解消されません。
通学の高校生は、入れ代わり立ち代わり乗車してきます。
途中の駅に止まるたび、通学の高校生が大量に下車、
ところがまた同じくらい乗車してきます。
学校は都市部に集中してあるのではと、
漠然と思っていましたが、そうではないようです。
そんなことを考えているうち、目的の日和佐駅に到着しました。
さすがにここまで来たときは車内もすいていました。
薬王寺でお遍路再開の報告
今まで乗ってきた列車を見送り、改札を出て待合室に行きました。
まだ前回歩いたお遍路の余韻が、この駅待合室には残っているようでした。
ここでお遍路の身なりに着替えました。
身なりを整えると、あらためて歩き遍路に来たと実感します。
香川の最後の札所まで、何日かかるのか今回は全く無計画です。
アクシデントに会い、途中で引き返すことも考えられます。
前回来た時は宿の予約を、だいぶ先の宿泊地までしていまい失敗しました。
今回は今日の宿だけ予約してあります。
明日の宿は今日夕方に決めることにしています。
歩き遍路は宿の予約が気になると思いますが、前の日に予約すれば十分宿はとれます。
日和佐駅の改札待合室で身なりを整えていると、
九州から来たというお遍路さんに話しかけられました。
話を聞くと徳島一国のお遍路で、お遍路を一時中断し帰宅するそうでした。
彼もまた、ここからいつかスタートするのだといっていました。
わたしと同じような人は、ほかにもいるのだと思いました。
彼とは逆にわたしは、薬王寺にお遍路再開の報告に行きます。
今度のお遍路は冬に向かい、 装備もかなり変わりました。
薬王寺へ来るのは二ヶ月ぶりくらいになります。
しかし季節の移り変わりを、肌で感じるようになりました。
二が月前はまだ残暑が、かなり厳しかったように記憶しています。
まだ蒸し暑い日もありますが、すでに季節は晩秋から初冬に移っています。
歩き遍路にとっては、気持ちの良い季節です。
もっともこれから冬に向かって歩くので、こんな爽やかな気分はつかの間のことでしょう。
薬王寺でお遍路再開の報告を済ませて、9時過ぎに歩きはじめました。
装備の見直しについて
いよいよ歩き遍路の旅が再開しました。
今回は夏のお遍路とは違い少し装備も変わりました。
これが通し打で歩いていたら、装備を準備するときかなり迷ったに違いありません。
今回の装備は夏の装備とはかなり違っています。
もし通して歩いていたら、かなり余分に装備が必要になっていました。
トレッキングパンツにしても夏冬二本は必要です。
当然防寒具も必要になるので秋の間は、余計な荷物を担いで歩くことになります。
今回はお遍路も二度に分けたので、冬の装備だけで賄うことが出来ました。
これだけでも装備の重量は、かなり軽減できることになります。
わたしは時期をあまり開けず続けて二度目を歩けたました。
前回の経験からはいろいろ学んでいます。
極力いらないものは持っていかない。
現地で調達できるものはこまめに調達する。
そんな知恵も歩いたからこそ、得たものでした。
しかしいくら最低限度のものとはいえ、命に関わるものだけは揃えておきます。
遍路道は国道のような道ばかりではありません。
当然山道を歩くことになります。
遍路道は登山コースとは違い、ほとんど人と行き交うことはありません。
そのための装備は、最低限整えておかないと命の危機にも関わります。
私はいざというときのために、
ヘッドランプやアルミの防寒シートなどを詰めていました。
また防犯上、あまり大金は持ち歩きたくありません。
どこでも郵便局は至る所にあります。
そこでゆうちょ銀行のキャッシュカードを作り、
こまめに現金を引き出したほうが安全だと思います。
ゆうちょ銀行に口座がないのでしたら作ることをおすすめします。
鯖大師までの道のり
朝9時国道55号線、通称土佐街道を高知方面に向かい歩き出しました。
これから何日もこの国道を歩いていくことになります。
まだこの辺りは紅葉がはじまっていません。
紅葉が見られるのはどのあたりか想像して歩くのも楽しいものです。
きょうは薬王寺から、高知に向かって歩きます。
そして今回、初めて宿泊するのが鯖大師の宿坊です。
歩いているとトンネルも増えたように感じました。
トンネルと行っても、狭いながら歩道があるので一応は安心です。
しかし長いトンネルが多く、暗いトンネル内にいると少し不安になります。
車がトンネル内に進入してくるとかなりの騒音があります。
歩道があるとはいえやはり不安は拭い去れません。
わたしは交通安全を意識して、蛍光色のワッペンをザックにぺたぺた貼っています。
少しでも目立つようにと意識してつけたものです。
蛍光色のワッペンは100均で買いました。
お遍路で使用できそうなものは、
一度100均に行って物色してみると思わぬ商品が見つかります。
単価が安いといって見くびらず、一度足を運んでみてくださいね。
しばらく国道を歩いていると、
前方に車が停車していて私を待っているようでした。
近づいていくと中年の男性が、お接待で待っていてれたのです。
歩きはじめて最初のお接待でした。
後から聞いた話ですが、
宿坊で同宿したお遍路さんも、この男性からお接待を受けたといっていました。
わざわざお接待をするだけのために、車を停めていたのでした。
早朝おにぎりを食べただけでしたので
しばらく歩いているうちにおなかもすいてきました。
休憩によい場所をと国道の下の河原に降り、
お接待でもらったみかんと持参したソイジョイを二本食べました。
考えてみたら途中昼食を取れるような店はありませんでした。
携帯食を持ってきて正解でした。
持ってこなければ、
空腹のまま食堂を探して歩き続けるほかありませんでした。
昼食後も国道55号線を歩き続けていきす。
初冬とは言いまだ蒸し暑い日が続き、途中何度も自販機で水分補給です。
そのうち女性のお遍路さんが、前方に見え隠れし始めました。
日和佐駅で会わなかったので、徳島から通しで歩いてきたお遍路さんなのでしょう。
それでも宿坊までに追いつくことはありませんでした。
夕方近くになり、鯖江駅の手前でガードをくぐり抜けます。
そこからしばらく歩いていくと、鯖大師が見えてきます。
思っていた以上に立派なお寺でした。
鯖大師は88か所の札所とは別格の霊場です。
お遍路を再開して初めて納経しました。
鯖大師で度肝を抜かれる
ここ鯖大師の宿坊で、徳島から歩いてきたお遍路さんたちと合流しました。
先ほど前を歩いていた女性のお遍路さん、
水戸から来た男性と大阪の男性の二名です。
このお遍路さんたちとは後々、何度も出会うことになります。
そしてここ鯖大師では貴重な体験ができました。
宿坊では夜のお勤めを、お遍路さんも一緒に行います。
そこまでは別段、ほかの宿坊と変わったことではないのですが、
なんとお勤めで、鯖大師では護摩行を行っていたのです。
ダイナミックに炎を上げる護摩行には、度肝を抜かれてしまいました。
鯖大師の護摩行の様子はこちらから見ることができます。
こんな体験もできてしまったお遍路です。
これから歩いていくお遍路は、平穏無事の結願できるのでしょうか?
徳島でのお遍路については、こちらに体験談があります。